世界遺産のそばで暮らすこと 富士山が八百屋に与えた影響

fujisan富士山が八百屋に与えた影響

12年前、春霞の富士山に見送られヒマラヤ山脈の麓の街カ卜マンドゥに向かった。
広い世界を自分の目で見たいと大学を休学し、電車やパスで地元の人ヒ触れ合いユーラシアを横断する旅だった。

陸路でゆっくり旅をしていると文化の移り変わりが面白い。
同じ野菜でも形、味などもその土地に合わせ徐々に変わる。
いろいろな場所で地元の人の食堂に行き様々な料理にも出会った。
アジア、イスラム圏、アフリカ、ヨーロッパ。その時に思ったのが田本の地方文化の素晴らしさ

日本にはシルクロードを経て辿り着いた様々な物があリ、それをその地域の風土にあわせ栽培、加工し名産品が生まれる。
しかしその魅力的な地方文化が衰退している現実。
そんな現状の埋れていきそうな地方文化を発信し商いとすることを決め、農を中心とした地域資源を見つめ直すベースとして八百屋の起業を考えた。

その当時、活動する候補地に沼津はなかった。
なんというかあまり魅力的なものがないと思っていた。
全国の候補地、特に東北や北陸の過疎地域をまわった。
南伊豆から富士宮までもゆっくり2週間かけて旅をした。
その時、駿河湾と富士山が夕陽で紅く染まるのを見た。
なんでいい所なんだと溜息をつきながら感じ、そして富士山の麓の拠点とて沼津で八百屋をやろうとなんとなく思った。

私にとって富士山はこの場所に引きつけてくれている大きな存在だ。
そして富士山はこの地域の食に大きな恩恵をもたらしていた。〈続く〉

text by 旅するように暮らす八百屋

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