参考文献:その1 路上と観察をめぐる表現史―考現学の「現在」

路上と観察をめぐる表現史
はじめまして、すみまきと申します。

このコーナーでは、最近読んだ本の中から、「伊豆時時新聞」を作る時に参考にしたものをご紹介します。
第1回は、「地面」について記事を書こうとしてまず思い浮かんだ、「路上観察」をまとめた同名の展覧会の図録でもあるこの本です。

 

スマートフォンとSNSを手に入れて、はたまたそれらに飲み込まれて以来、自分と他人の作り出す「生活記録タイムライン」を見ることが私の生活の一部になってしまった。

アプリInstagramを開けば、友人とよく知らない人の、いまいる場所、みてる景色、食べるもの、買ったものが現れて消える。
「今日何してたの?」と聞くように、自分の生活を「撮って出し」し、他人の生活の一部を眺め、共有する楽しさがある。
スマフォが出来る前から、この楽しさを知っていた人たちは、もちろんたくさんいた。

『路上と観察をめぐる表現史―考現学の「現在」』は、路上に現れた奇跡のピースを観察、収集し意味付けしてきた者たちの系譜をまとめた本である。
第1章では、戦前の人々の暮らしを身なりや持ち物、行動から記録し、「考現学」を提唱した今和次郎・吉田謙吉から始まり、道路や壁に紙をあて鉛筆で凹凸をこすりとる「アーバン・フロッタージュ」を展開した真壁智治まで、都市の写生者が紹介されている。
第2章では、1986年に赤瀬川原平や藤森照信らによる「路上観察学会」に結実した戦後日本の情景の博物誌化について述べ、第3章では1990年代以降の、均質化されたように見える風景から異質(でもそれは得てして公共建築だったり!)を探し出す都築響一、建物や景色に残る痕跡をスクラップする大竹伸朗らを、そして最終章では「今」の路上をテーマに作品制作をする2組のアーティストが紹介されている。
ここで紹介されるアーティストたちは、消えゆく時代のか4けら44を拾う使命感からの記録というよりは、本当に何気ない、価値付けされていない同時代の空気に目を向けている。

先人の批判の目を知ると、まさに今もスマフォに溢れ出る生活記録のシェアの見え方が少し変わるかもしれない。しかし、こういう地道な観察記録は、小学生の時から変わらず、圧倒的に男性の得意とするところですね。

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広島市現代美術館監修『路上と観察をめぐる表現史―考現学の「現在」』(フィルムアート社)2013年 2,200円+税

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